あんなことこんなこと

へんてこなブログ

「イン・ザ・プール」のレビューが面白かったので読んでみたら思いの外グッと来た話


「ただひたすら面白く笑いながら一気に読みました。但し、読んで何も残るものはありません」

ここ最近もやもやするテーマの小説ばかり読んでいることが多かったので、なるべく明るくてコミカルなものはないものかとネットでリサーチしていたところ、こんなレビューを発見し一気に心を奪われてしまった。しかもこんな感想が一つや二つではなく、この本のレビューをスクロールした分だけ出て来る。これまで読みながらお腹を抱えて笑ってしまうような「面白さ」を持つ小説には出会ったことはあるけれど、読者が口を揃えて「何も残らない」という感想を残している小説はなかなかない気がしたので、どうしても読みたくなった。「面白い」の後に続く「何も残らない」がこの小説の馬鹿馬鹿しさを強調してる気がしてならず、どうしてもその体験がしたくなったので、レビューを見てすぐに本屋へ直行し、2018年の新年一冊目として読むことに決めた。

イン・ザ・プールは、精神科医の伊良部先生を主人公として、その患者5人分とのストーリーが織り成されている短編集。このように書くととてつもなくまともな小説に見えるが、ここに出て来る伊良部先生の設定がとにかくひどい。マザコン色白巨体の注射マニア。おまけに患者5人全員から初対面の時点で見下されている。本当に医者なのかと疑ってしまうような言動の数々。天然なのか計算なのか分からないような突拍子もない行動を取るも、その言動によりいつの間にか患者の症状の核心に迫っていて気付くと解決してしまっている、簡単に言うとそんな話。
とにかく伊良部先生の予測不能な言動の数々に笑ったり呆気に取られたり驚いている間にストーリーが進み完結してしまう。患者もなかなか個性的な、でも現実にありそうな、そんな現実と物語ぎりぎりの境界線に存在するようなキャラクターばかりで、ああ分かる分かると思ってしまう部分が多数ある。そんな個性的な患者達が伊良部先生の奔放な言動に振り回されるものなので、真面目な精神科系小説を期待する人からすれば「何も残らなかった」というレビューは妥当過ぎて思わずクスッと込み上げるものがあった。ただ、どうしても「何も残らなかった」と全てを片付けてしまうには惜しいくらい、印象に残った伊良部先生の言葉があったのでそこについては触れておきたい。
ある場面で伊良部先生は、自分は患者に対してカウンセリングをしないと言い放つ。

「(カウンセリングって)生い立ちがどうだとか、性格がどうだとか、そういうやつでしょ。生い立ちも性格も治らないんだから、聞いてもしょうがないじゃん。」
「気にしちゃいけないって思うこと自体が気にしてることで、どうせ堂々巡りなのよ」
「誰かが守れ、僕は知らないってソッポ向けばいいの、心配は人にさせるの。」

もう、この3つのセリフに本当に救われて。どうにもならないことってどうしてもあって、だけど、普段の生活ではどうにもならないことを自分で、自分の責任でどうにかしなきゃいけないだとか思ったりする。もちろん責任を持つって当たり前に大切なんだけれど、それが度を過ぎると苦しくてたまらない。私も割と何事も気にし過ぎる性格なのだけれど、「気にし過ぎることを気にして落ち込む」よりも、その性格を「受け入れる」ことが大事だって、そう思えたところが本当に良かった。だって、気にしちゃいけないとか気にすることが良くないことだって決め付けているのは自分自身で、実際、気にすることって悪いことばかりじゃない。


物語の中にも出て来たけど、世の中には「自分で何事も心配してしまう人」と「他人に心配させておく人」両方がいる。だけど、例えば心配してしまう人が、他人に心配させておけば良いって考え方にシフトするのはとっても難しい。本当に難しい。それは伊良部先生のセリフにあった通り、生い立ちとか性格に関係していているから、なかなか治したりコントロールしたりできるものではない。だからこそ「気にし過ぎる」ことを「受け入れる」そうすればいいんだって、なおそうとするんじゃなくて、受け入れればいいんだって、私にはこの伊良部先生のセリフはそう取れて、心がスッとした。

そう考えるとこの小説、というか伊良部先生というキャラクターは本当に名医なんじゃないかとさえ思えて来て、何も残らなかったという感想はすごくもったいない気がした。伊良部先生が現実にいたらいいのになあとさえ思ったが、注射マニアであることと、自分本意なぶっ飛んだ行動の数々、そしてストーリーのラストではやっぱり患者に見下されているところを見ると、架空のキャラクターで良かったと我に返ってホッとする。伊良部先生シリーズの「空中ブランコ」も面白いそうなのでまた読んでみようと思った。2018年、良い本に出会えてスタートできた気がする。

イン・ザ・プール (文春文庫)